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そよかぜは、放物線を描きながら、まだ見ぬ世界をもとめて、吹きわたる。
有名人のインタビューはむずかしい。これまでに自伝的な本が出ていたり、新聞、雑誌、テレビやラジオで語っていたりすればよけいにむずかしい。最近では取材前にネットで情報を集めるのは当然のこと。ウィキペディアはその代表格であり、たいていのことがそこに載っている。生年月日、経歴、エピソード、性格、各種のデータなど、本人がおおやけにしていることから、そうではないようなことまで事細かに書きこまれていて、その信憑性はさておき、相手のことをおおまかに知るには実に便利だ。

有名な人であればあるほど、事前の情報集めであらかたのことは“既知の情報”としてインプットされる。そこで、インタビューをはじめようとすると、はたと困る。何も知らない相手ならば、名前から、趣味から、今日の天気から、どんな話からはじめてもいっこうにかまわないのだが、目の前に座っているのは名前も、趣味も、出身地も、これまでの業績も、一通り聞いたことがある。これまでに苦労したことはどんなことですか。あのときはどういう気持ちだったのですか。と、聞いてみたところで、答えはすでに知っているのだ。

編集者が企画を立てるときには、類書にあたることが大切だとよく言われる。類書の読み込み方は決まっている。何が載っていないか。何が足りないか。そこを目ざとくチェックするのだ。類書が多ければそれだけ“既知の情報”は増えて、まだ載っていない情報、足りない部分を探すには、すき間のすき間をのぞき込むしかない。そのすき間、ニッチの部分におもしろさを感じることができれば GO サイン。あまりにも奇をてらいすぎているとなれば、ボツまたは再検討だ。

その意味で、編集者の実力をつけるには有名人のインタビューはうってつけだ。勉強不足のままインタビューをすれば、その記事はどこかで読んだことのあるような二番煎じの退屈なものになるだろうし、準備を念入りにした上でインタビューに臨めば、1 行でも新しい、オリジナルな記事が書ける(かもしれない)。

それにしても、有名人のインタビューはすぐに飽きる。ほとんど毎回同じことを言うし、たとえそのときはじめて聞くような話だとしても、これまでに聞いていたことがふっとぶような話がでてくるなんていうことは期待できない。せいぜい相手が美人であれば、目の保養になるくらいのものだ。もっとも、その目の保養を求めている読者が大勢いることを忘れてはいけないのだが。

H・ヒルネスキー

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