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  <title>放物線</title>
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  <description>そよかぜは、放物線を描きながら、まだ見ぬ世界をもとめて、吹きわたる。</description>
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    <title>雪の降る夜に</title>
    <description>
    <![CDATA[<div>雪が降る夜に歌うのは、イルカではなく、アダモではなく、うたごえサークルおけらの『たんぽぽ』だ。1976 年に作曲された当時、日本には社会の合理化の波が押し寄せた。成人となり就職を迎えた多くの若者が、あるいは企業戦士の道を選び、あるいは働くことの意義を見失い、反戦フォークに加わった。<br />
<br />
そして、このころに生まれたのが、日本でのロストジェネレーションと呼ばれるわたしたちの世代だ。現在 28 歳から 38 歳、つまり、1973 年から 1983 年生まれのわたしが成人となるちょうどそのころ、日本は 1990 年代後半から 2000 年代前半だった。バブル崩壊から始まったおよそ 10 年にわたる日本経済の大不況の只中、同じように多くの若者は歴史の波にのみこまれた。<br />
<br />
だから、というわけでもないが、いまの時代に、いまのわたしの胸に響く歌は、AKB48 でもなく、ジャニーズでもなく、ギター一本で、みんなで歌えるフォークソング。だれもが口ずさめる歌は時に大きな力を発揮する。<br />
<br />
中でも、歌の力が危機的状況を前にして、人々の力を合わせる手段として有効だと過去多くの危機管理の事例が教えてくれる。2004 年、台風で水没した道に取り残されたバスの上で、乗客は歌を歌って一晩を乗り越えた。2010 年のチリ鉱山での落盤事故でも作業員たちは歌を歌って地下で救出を待ったことは記憶に新しい。困ったとき、人は歌を口にする。<br />
<br />
日本が進むべき道を間違えたのだとすれば、道迷いに陥った際のもっとも賢い対処方法がある。間違えた道を進むことを今すぐにやめて、来た道を引き返す。時間が無駄になろうと、労力が無駄になろうと、自分が確実にわかっているところまで勇気を持って引き返すことだ。<br />
<br />
いまのわたしたちは無駄を嫌って、ますます道に迷っている。このままいけば、いずれ来た道を引き返すことすらできなくなる。雪がすべての景色をひとしなみにする夜に、ふと歩いてきた道を振り返って、街灯の向こうの闇へ消えてゆく足あとの心細いことよ。<br />
<br />
<br />
たんぽぽ / 作詞 門倉訣　作曲 堀越浄<br />
<br />
　雪の下の　故郷の夜<br />
　冷たい風と土の中で</div>
<div>　青い空を夢に見ながら</div>
<div>　野原に咲いた花だから</div>
<div>　どんな花よりタンポポの</div>
<div>　花をあなたに贈りましょう</div>
<div>　どんな花よりタンポポの</div>
<div>　花をあなたに贈りましょう</div>]]>
    </description>
    <category>H・ヒルネスキー</category>
    <link>http://parabola.blog.shinobi.jp/Entry/17/</link>
    <pubDate>Thu, 23 Jan 2020 20:00:01 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>エスカレーターのススメ</title>
    <description>
    <![CDATA[<div>エスカレーターに乗るとき、関東では左側に並び、右側は歩く人のために空けるのが暗黙の了解。関西では、その逆。ルールではなく、あくまでも暗黙の了解だ。エスカレーターの乗り方としては、&ldquo;歩かない&rdquo;が正しいため、どちらかを空ける必要はない。でも、関東の通勤ラッシュ時に、突然右側で立ち止まったとしたら、きっと背後で舌打ちされる。正しいことをしていても、無言で非難される。<br />
<br />
私自身、「エスカレーターは歩かずに、立ち止まっているか」と問われれば、答えは否。おおむね階段を使うか、エスカレーターに止まって乗るかのどちらかだが、電車に乗り遅れそうなときや、左側の長蛇の列に並ぶのがめんどうくさいときなどは、エスカレーターを歩いてしまう。<br />
<br />
その際、右側が大きな荷物やカップルでふさがれていたら、イラッとすることもある。後者なら、なおさら。逆に、ちゃんと左側に並んで立ち止まっているのに、勢いよく右側を駆けていく人に肩をぶつけられたとしたら、悪態のひとつやふたつ、つきたくもなる。一部私情を挟んだが、そういう経験をしたことがあるのは、なにも私だけではないはずだ。<br />
<br />
左側に並んでいても、前の人が歩き出せば、なんとなく流されるように進んでしまったり、人の利用が少なくても、律儀に左側に体を寄せて乗ったり。自分で階段を選んだくせに、人混みで遅々として進まない列のその横を、エスカレーターですいすい上っていく人たちを見て、「あっちにすればよかった」なんて思ってしまったりする。人の生き方や社会の縮図が、ラッシュ時のエスカレーターに垣間見えると言ってしまったら、それはおおげさだろうか。<br />
<br />
現代人のせかせかとイライラ。私たちはなにをそんなに急いでいるのだろう。私たちはなにをそんなに心を尖らせているのだろう。正しさを破って、暗黙の了解に従ってまで。<br />
<br />
エスカレーターを降りたら、どうせ自分の足で歩いて進まなくてはいけない。だったら、エスカレーターに乗っているときくらい立ち止まるのもいい。それが本来の乗り方でもあるのだから。それくらい、時間と心にゆとりがある人間でいたい。<br />
<br />
くらもとよしみ<br />
</div>
<div></div>]]>
    </description>
    <category>くらもとよしみ</category>
    <link>http://parabola.blog.shinobi.jp/Entry/16/</link>
    <pubDate>Mon, 20 Jan 2020 20:00:01 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>さらけ出してみること</title>
    <description>
    <![CDATA[<div>「そういえば、また白髪が増えたんですよ」<br />
会社の先輩になにげなく話したひとことだった。すると先輩は私に言った。<br />
「俺、実はすごい白髪なんだよ」<br />
<br />
黒髪長髪。毎日ちゃんとセットされた艶っぽい髪をした先輩は少し恥ずかしそうな様子だった。30代半ばで白髪があるのは驚く話ではないが、先輩にとってそれは、なかなか人に言えないことだったのだ。<br />
<br />
私は自分の白髪を気にしているが、会話の一つとして抵抗なく話ができる人間。簡単にさらっと言うものだから先輩もきっとさらっとカミングアウトできたのだろう。会話に華が咲いた。<br />
<br />
いろいろと試した結果、30代で白旗をあげて染めるようになったそうだ。ミーティングがある日は白髪がバレないように入念に染めていたなんて裏話まで、随分と赤裸々に話してくれた。最初は恥ずかしげだった先輩も最後には楽しそうに笑っていた。ずっと隠してきたから、解放されたようで嬉しかったという。思いがけず、なんだか少し良いことをした気分になった。私も嬉しかった。<br />
<br />

<div>誰にでも恥ずかしくて人には言えない悩みのひとつやふたつはあるだろう。一人で解決できることもあるが、さらっと言葉にしてみることで体がすーっと軽くなることもある。同じ悩みを抱えている人は自分が思うよりたくさんいる。そして意外と身近にいるものだ。</div>
</div>
<div><br />
一人で悩んではネットで検索し、解決法や投稿された知らない誰かの助言を見るのもいいが、やはり悩みは対面で打ち明けるのが一番気持ちがいい。そこには話しているときの互いの表情や空気があるから。調和し合うその空間に人は安心を覚える。実に健康的だ。<br />
<br />
野性動物が生きるサバンナでは自分の弱みを見せたら終わり。しかし人間社会は違う。弱みを見せることで人は強くもなれる。そして優しくもなれる。必要のない小さなプライドはどんどん捨ててしまおう。今よりもちょっと楽しく、ちょっと幸せに生きるコツ。それは、自分をさらけ出してみること。今よりももっと世界が広がるかもしれない。今よりももっと人を深く知ることができるかもしれない。<br />
<br />
私のひそかな夢――年を重ねていつか髪全体が真っ白になったら、淡い翡翠色に染めて三つ編みにすること。<br />
<br />
sakin</div>
<div></div>]]>
    </description>
    <category>sakin</category>
    <link>http://parabola.blog.shinobi.jp/Entry/15/</link>
    <pubDate>Fri, 17 Jan 2020 01:57:27 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>見えるシイタケ栽培</title>
    <description>
    <![CDATA[シイタケ栽培をはじめた。<br />
<br />
シイタケには、原木シイタケと菌床シイタケの2種類がある。原木シイタケとは、クヌギなどの原木に菌を植えつけて栽培されるシイタケ。乾燥させた原木に種菌を植え付け、菌糸を原木に活着させる。あとは少しの手間はあるものの、自然の力で成長させる。栽培期間は2年以上で、収穫時期が春と秋のみ。そのため、一年を通して市場に流通するのは乾シイタケがほとんど。<br />
<br />
一方、菌床シイタケは原木の代わりにおがくずや穀物などを主原料とした菌床で育てられる。真っ暗で湿度の高い室内で、人工的に栄養が与えられるため、原木シイタケに比べて栽培がはやい。収穫のサイクルは3か月から半年ほどで、市場には一年中、生シイタケが流通している。<br />
<br />
購入した栽培キットは菌床シイタケ。「どうせ栽培するなら原木がいいな」と思いつつ、周りの環境を考えて栽培キットを選んだ。中にはおがくずなどで形成された円柱型の菌床。直径15cm、高さ20cm。すでにシイタケ菌が植えられており、シイタケらしき白い物体が菌床の側面に見えている。側面を軽く湿らせ、透明の袋の中に菌床を入れる。菌たちが呼吸できるように、袋には小さく穴を開ける。あとは部屋の温度を管理して、新聞紙で覆って待つ。<br />
<br />
「こんなのでシイタケなんかできるのかな」<br />
<br />
はじめの2、3日は新聞紙をめくって中を確認することの繰り返し。シイタケ菌からすれば、いちいちのぞかれてたまったものじゃない。ということで、一日放置してみた。4日目の朝、中をのぞき込むと白い物体が膨れ上がっていた。シイタケらしさはないが、確かに成長していた。菌たちは生きている。<br />
<br />
それからはあっという間だった。白い物体は少しずつシイタケらしさを持ち、次の日にはきちんと傘を広げていた。ここまでたった10日。その成長スピードには驚かされる。風呂場のカビがすぐに生えるわけだ。シイタケは菌床の側面にぎっしりと育った。傘の裏を確認し、ヒダの膜が切れていたので、胞子が飛ぶ前に収穫した。大きいものから小さいもの、整った形からいびつな形まで、さまざまなシイタケが育った。<br />
<br />
ヒトには見えないが、菌たちは確実に生きている。今回のシイタケ栽培のように、私たちは結果でしか彼らの存在を認識できない。風呂場のカビだって、カビが発生してから認識する。しかし、彼らは突然生まれたわけではない。ずっとそこにいて、ずっと生きている。だから結果が生まれる。彼らはいつも私たちのそばにいる。当たり前だけど生きている。<br />
<br />
岡部悟志]]>
    </description>
    <category>岡部悟志</category>
    <link>http://parabola.blog.shinobi.jp/Entry/14/</link>
    <pubDate>Tue, 14 Jan 2020 07:54:27 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>AIのコミュニケーション能力 VS 日本人の英語力</title>
    <description>
    <![CDATA[AI技術の発達が著しい。AIの苦手分野だった言語処理能力もだいぶ上がり、最近では文字が読めるのみならず、文章から文脈まで読み取れるようになったのだという。一昨年に『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』（新井紀子 著／東洋経済新報社）という本がベストセラーになったこともあり、読解力こそ人間の専売特許であると言われていたが、いまでは読解力ですら優位を保てるかどうかあやしくなってきた。<br />
<br />
だからといって臆することはない。現時点でAIに人間の感情を読み取る力はないからだ。だからこそ、あらかじめプログラミングされた論理的な会話には対応できても、AIに人間の心の機微や場の状況、物事の背景などを読み取ることはできない。感情という壁を超えようとあらゆる研究が行われているようだが、この壁を超えるのはそうたやすいことではない。<br />
<br />
このAIのコミュニケーション能力は日本人の英語力とどこか似ている。日本では長いあいだ読解中心の教育が行われてきたこともあり、「読めるが話せない」が定説だった。とはいえ、さすがに問題意識を感じたのか、日本の英語教育もだいぶ変わってきている。<br />
<br />
現にいままでの読解中心から「聞く」「話す」「読む」「書く」の英語4技能習得型の授業へとシフトが進んでいる最中だ。数年前に行われた英語力調査の結果をみるかぎり、「話す」能力が数年で格段にあがるとは考えにくいが、10年後、20年後には日本人の英語力が大幅にあがっている可能性はおおいにある。<br />
<br />
しかし、いくら英語力があがったとしても、簡単には超えられない壁がある。異文化という壁だ。日本人にとってはなじみの深い禅の思想や「わびさび」の感覚を外国人が理解できないように、日本人が異文化を理解するのもまた難しい。<br />
<br />
宗教なんてその最もたるもので、宗教偏差値の低い日本人が外国人の宗教観を理解することはできない。つまるところ、それは「相手の育った文化的な背景を理解したうえでの会話はできない」ことを意味する。知識や論理をもとにした表面的な会話はできても、感情を介した会話はできないAIのように。<br />
<br />
AIのコミュニケーション能力と日本人の英語能力、どちらが先に向上するのだろうか。いずれにしても、両者ともにある程度のところまでは進めても、決して先には行けない領域がある気がしてならない。<br />
<br />
マリエ・アントワネット]]>
    </description>
    <category>マリエ・アントワネット</category>
    <link>http://parabola.blog.shinobi.jp/Entry/13/</link>
    <pubDate>Fri, 10 Jan 2020 05:21:07 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>あっけない一年の始まり</title>
    <description>
    <![CDATA[<div>年が明け、お正月ムードがようやく終わりを迎えるころ、ふと、年末年始の出来事を振り返り、気がついたことがある。年明け早々、絶賛「バカ笑い」をしたまま新年を迎えていたのだ。それの原因となったのが、大晦日になると毎年放送されているバラエティ番組『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで！』だ。<br />
<br />
通称、ガキ使（がきつか）は、毎週日曜日の夜にレギュラー放送されている人気番組なのだが、「絶対に笑ってはいけないシリーズ」だけは、大みそかのゴールデンタイムでしか観ることができない。かれこれ14年も続いている超人気シリーズだ。お笑い芸人のダウンタウン松本人志と浜田雅功に加え、月亭方正、ココリコの遠藤章造、田中直樹の5人のレギュラーメンバーで番組が進行していく。<br />
<br />
この「絶対に笑ってはいけないシリーズ」は、タイトルどおり、番組中にどんなに面白いことが起きても絶対に笑ってはいけない、というシンプルな内容だ。もし笑ってしまうと、迷彩服をきた男たちが何処からともなく現れ、笑ったメンバーにケツバット（おしりをバットでたたく）をするという、見てるこちらも痛くなるようなペナルティ制度となっている。ペナルティから免れるべく、5人のメンバーたちは必死に笑いを堪えようとするのだが、笑わせ役の仕掛け人たちも負けじと笑わせにくるものだから笑わずにはいられない。<br />
<br />
シンプルかつ、くだらない内容だが、いい歳した大人たちが必死になってる姿を見ていると、こちらも笑いを堪えることなんて到底無理なわけで、気がついたときには、「バカ笑い」のまま年を越していたという、なんともいえない年明けのスタートとなってしまった。しかし、こんなあっけない一年の始まりも、平和を象徴しているようで悪い気はしない。<br />
<br />
「笑う門には福来る」という、ことわざ通り、年始一発目のおみくじでは、見事に大吉を引き当てた。それに「笑う」ことは免疫力を高める効果があると、医学的にも実証されていたりと何かと福がありそうな一年を過ごせそうだ。<br />
<br />
比屋根ひかり</div>]]>
    </description>
    <category>比屋根ひかり</category>
    <link>http://parabola.blog.shinobi.jp/Entry/12/</link>
    <pubDate>Mon, 06 Jan 2020 20:00:00 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>必要なんです、生きていくうえで。</title>
    <description>
    <![CDATA[<div>年末の掃除で棚の色を一つ塗り替えた。白く生まれ変わった棚にお気に入りの皿を並べ、一番上にはトルコランプとお香を置いた。壁にはグレース・ケリーが微笑んでいるモノクロ写真を。仕上げに、ココ・シャネルの手だけが撮られたモノクロのポスターを白い額に入れて飾った。新しいお気に入りコーナーの出来上がり。<br />
<br />
物を整理していると購入時の気持ちや情景を思い出す。サンフランシスコにある激しい巻き舌で英語を話すロシア人の店で買った、シンデレラの絵が描かれたマトリョーシカ（開けていくと最後はガラスの靴の絵に出会える）。雨に打たれながら自転車で走った土岐市で出会った織部焼の水色の豆皿（お香皿となった）。ローテンブルクのおもちゃ屋で心を惹かれた、銅でできたハートの壁飾り（愛のご利益があると思う）。<br />
<br />
私は自分を「物欲の塊」だと自覚している。<br />
<br />
年末にある旅番組で買い物の名場面集が放送された。人が買い物をする姿は実に面白い。悩むか即決か。何に心惹かれるのか。それぞれの趣味思考や価値観があらわになっていく。なかでも一番共感できたのはパリの蚤の市で買い物をする女優の石田ゆり子。彼女もまた自称「物欲の塊」だ。靴や雑貨、絵、直感で気に入ったものを次々に購入していく。心を踊らせながら買い物を楽しむ姿がなんとも美しかった。<br />
<br />
彼女はこんな言葉を残した。<br />
<br />
「買い物はね、必要なんです。生きていくうえで&hellip;&hellip;。お金って紙だから。紙がいっぱいあるか、経験があるか。私は経験に換えていきたい」<br />
<br />
ありがとう、ゆり子さん&hellip;&hellip;。大変おこがましいが、自称「物欲の塊」である私たちにとって買い物は、必要なんです。まさにそれ。そのために頑張るんです。こんなことを言っていると、こんまりをはじめ、世界中のミニマリストたちから軽蔑されてしまいそうだが、ひとまずミニマリスト理論は置いておこう。私たちにとって買い物は人生を豊かにすること。<br />
<br />
特に旅先でのときめきは格別だ。ときめくモノには必ず物語があり、作り手から買い手に持ち主が変わることで新たなストーリーが綴られる。買い物で必要なのは直感力。すぐに飽きてゴミとなってしまうものは選ばないこと。ときめかないモノは買ってはいけない。常に自分のなかの掟に従って取捨選択をする。それが物欲の塊の責任だ。<br />
<br />
新しいお気に入りコーナーを見てひとつ思ったことがある。どれも一人でいる時に購入したものだった。私は何かを決める時、より良い判断ができるのは一人（孤独）の時なのかもしれない。<br />
<br />
sakin</div>
<div></div>]]>
    </description>
    <category>sakin</category>
    <link>http://parabola.blog.shinobi.jp/Entry/11/</link>
    <pubDate>Fri, 03 Jan 2020 03:17:06 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>掃除の編集</title>
    <description>
    <![CDATA[<div>年末の大掃除。ふだんの生活では目の届かない場所を掃除する。窓ガラスやエアコン、カーテンレールの上。部屋の隅々までキレイに掃除していく。窓から引っ掻くような風が吹き込み、今年の終わりを告げる。今年の汚れは今年のうちに。それが年末の大掃除。<br />
<br />
大掃除に取り組む前、何から手をつけるべきかを考える。この作業を意識的にも、無意識的にもおこなう。まずは前日から散らかしっぱなしの服を洗濯機へ突っ込む。そのままスイッチを押し、リビングへ戻る。かたくしぼった雑巾で窓ガラスを拭いていく。ガラスごとに雑巾の面を変え、つねにキレイな面で拭くようにする。<br />
<br />
まだ洗濯機の音は鳴りやまない。エアコンのフィルターを外し、掃除機でホコリを吸い上げる。ベトベトでしぶといホコリは、雑巾できちんと取っていく。床に落ちたホコリは掃除機で吸い上げ、そのまま部屋全体にかけていく。ピーッ、ピーッと音が鳴る。掃除機の電源を切り、洗濯機へむかう。洗濯物を引っ張り上げ、次々に干していく。<br />
<br />
全体を見通した上で、それぞれの作業をこなしていく。この感覚は「編集」にも似ている、気づいたらそんなことを考えていた。<br />
<br />
そもそも編集とは、さまざまな要素を整理、構成していくことを意味する。例えば、書籍の編集では、企画や取材、ライターの手配など、それぞれの要素を繋ぎ合わせて、一冊の本をつくりあげることを言う。では掃除における編集とは。それは掃除する場所や方法、順番を構成していき、その過程で部屋という空間をつくりあげていくこと。<br />
<br />
掃除機をかけやすくするために、部屋の片付けから始める。掃除機はエアコンのホコリを落としたあとにかける。窓ガラスは上から下に、跡が残らないように一定方向に拭いていく。その部屋の環境に応じた掃除、編集をおこなっていく。エアコンのない部屋、一面カーペットの部屋、猫を飼っている部屋。それぞれの部屋に、それぞれの編集が必要となる。<br />
<br />
何も掃除だけが編集ではないはず。集めた食材を組み合わせる料理だって編集だし、野球やサッカーだって、その場の状況で異なるプレーを選択する上では編集ではないか。そう思うと、つまらないと感じる作業にも、価値を見出すことができる。<br />
<br />
そんなことを考えていると、いつの間にか洗濯物を干し終えていた。これで全部終わり。野菜ジュースを一杯飲もうと思い台所へ。シンクにたまった油まみれの食器たちに気づく。<br />
<br />
「シンクは編集し損ねた」<br />
<br />
岡部悟志</div>]]>
    </description>
    <category>岡部悟志</category>
    <link>http://parabola.blog.shinobi.jp/Entry/10/</link>
    <pubDate>Tue, 31 Dec 2019 05:14:04 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>哲学女子ブーム到来!?</title>
    <description>
    <![CDATA[<div>歴女、カープ女子、リケジョなど、「〇〇女性」が年々増え続けている。これまで男性の領域だと思われていた分野に進出する女性が増え、男女の垣根がなくなってきているのだろう。個人的に来年流行るのではないかと予想しているのが「哲学女子」だ。<br />
<br />
哲学といえば「難しそう」「実生活の役に立たなそう」とのイメージがつよく、女子ウケも悪いのがデフォルトだった。しかし、最近風向きが変わってきている。たとえば、哲学的なテーマについて対話する「哲学カフェ」が全国でじわじわとブームになっており、女性の参加者も多く見られる。<br />
<br />
哲学を初心者向けにわかりやすく解説した本も売れていて、元アイドルの哲学ナビゲーター・原田まりるさんが書いた哲学小説『ニーチェが京都にやってきて17歳の私に哲学のこと教えてくれた。』は発売三日後に重版が決定したという。もはや哲学は一部の学者や専門家の専売特許分野ではなく、一種のムーブメントになってきているのだ。<br />
<br />
哲学は「答えのない問題に対して時代の常識を疑う」学問だからこそ、「先が見えない時代」に流行るという。社会全体が成長しているときは、そこにのっかってさえいれば自分も引っ張ってもらえた。しかし、右肩上がりの経済成長がストップし、安定神話が崩壊した現代。いままでの常識は通用しなくなり、組織や権威にのっかる生き方にはリスクがともなうようになった。そのことに気づいた人が、国や政治、経済、科学、宗教などの概念を疑いはじめている。<br />
<br />
いままでの常識が通用しない時代に価値をもつものは、いままで誰も言わなかったこと、考えつかなかったことの中にしかない。奇をてらう必要はないが、「誰かと同じ」ではもはや意味がないのだ。<br />
<br />
周囲の誰かに聞いたり、Googleでいくら検索しても、答えどころか問いすら立てられたことがないもの。本当に考える価値がある問いとはそういったものだろう。令和2年は自分のなかから生まれた問いから逃げない1年にしたい。<br />
<br />
マリエ・アントワネット</div>]]>
    </description>
    <category>マリエ・アントワネット</category>
    <link>http://parabola.blog.shinobi.jp/Entry/9/</link>
    <pubDate>Fri, 27 Dec 2019 08:49:31 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>有名人のインタビュー</title>
    <description>
    <![CDATA[<div>有名人のインタビューはむずかしい。これまでに自伝的な本が出ていたり、新聞、雑誌、テレビやラジオで語っていたりすればよけいにむずかしい。最近では取材前にネットで情報を集めるのは当然のこと。ウィキペディアはその代表格であり、たいていのことがそこに載っている。生年月日、経歴、エピソード、性格、各種のデータなど、本人がおおやけにしていることから、そうではないようなことまで事細かに書きこまれていて、その信憑性はさておき、相手のことをおおまかに知るには実に便利だ。<br />
<br />
有名な人であればあるほど、事前の情報集めであらかたのことは&ldquo;既知の情報&rdquo;としてインプットされる。そこで、インタビューをはじめようとすると、はたと困る。何も知らない相手ならば、名前から、趣味から、今日の天気から、どんな話からはじめてもいっこうにかまわないのだが、目の前に座っているのは名前も、趣味も、出身地も、これまでの業績も、一通り聞いたことがある。これまでに苦労したことはどんなことですか。あのときはどういう気持ちだったのですか。と、聞いてみたところで、答えはすでに知っているのだ。<br />
<br />
編集者が企画を立てるときには、類書にあたることが大切だとよく言われる。類書の読み込み方は決まっている。何が載っていないか。何が足りないか。そこを目ざとくチェックするのだ。類書が多ければそれだけ&ldquo;既知の情報&rdquo;は増えて、まだ載っていない情報、足りない部分を探すには、すき間のすき間をのぞき込むしかない。そのすき間、ニッチの部分におもしろさを感じることができれば GO サイン。あまりにも奇をてらいすぎているとなれば、ボツまたは再検討だ。<br />
<br />
その意味で、編集者の実力をつけるには有名人のインタビューはうってつけだ。勉強不足のままインタビューをすれば、その記事はどこかで読んだことのあるような二番煎じの退屈なものになるだろうし、準備を念入りにした上でインタビューに臨めば、1 行でも新しい、オリジナルな記事が書ける（かもしれない）。<br />
<br />
それにしても、有名人のインタビューはすぐに飽きる。ほとんど毎回同じことを言うし、たとえそのときはじめて聞くような話だとしても、これまでに聞いていたことがふっとぶような話がでてくるなんていうことは期待できない。せいぜい相手が美人であれば、目の保養になるくらいのものだ。もっとも、その目の保養を求めている読者が大勢いることを忘れてはいけないのだが。<br />
<br />
H・ヒルネスキー</div>]]>
    </description>
    <category>H・ヒルネスキー</category>
    <link>http://parabola.blog.shinobi.jp/Entry/8/</link>
    <pubDate>Mon, 23 Dec 2019 20:00:00 GMT</pubDate>
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